絵画を考える時に蔑ろにされ続ける二つの視点について
高校生の時、色々な偶然が重なり、一対一で日本画家の西田俊英さんにインタビューをさせていただく機会があった。「絵は筆の置き所が一番難しい。いかに大きく未完成に終わるか」と言われていたのが印象深い。
今の現代ア―トと名のつく領域ではこういう〈画家の言葉〉をあまり聞かなくなった気がする。
「絵画という平らな矩形」において、その「造形」(構図、色、形、テクスチャーなど)を突き詰めること・・・このような画家の純粋な行為は、コンセプト至上主義に陥る現在の美術界の流行とは対極にあるのかもしれない。
「そんなもの何百年も前に偉大な先人たちによりとっくに極められてるよ。」とか、「技術による真っ向勝負で先人たちには敵わないから、コンセプトをつければ何とかなるかな。」・・・といった現代の表現者たちの敗北宣言ともいえる態度が、表面を取り繕っただけの根性無しなアートを次々に生み出し、現在の稚拙な流れをつくり出してしまっているのではないか。
コンセプトは不要!という話ではない。
ただ、造形よりもコンセプトを!という話でもない。
純粋に平面の「造形美」や「物質としての強度」を追求することと「コンセプト」との双方を、相反すること無く良い形で1点に集約させたものが描けないか、というのが個人的にテーマでもある。
ここでいう絵画の「物質としての強度」とは何か?
それは、「絵画の耐久性」のことである。
作家の死後、できる限り作品が良い状態で長く残るように「絵画組成」の観点から絵画を考えること・・・この点が今の美術界が絵画を考え、語る際に「造形」以上に軽んじられ、決定的に欠けている部分である。
その原因としては、現状、作家を含めて「絵画組成」について正しい知識と技術を持った人間が極めて少ない、ということが挙げられる。
意外にも「普通、油絵はキャンバスに描くものだ。」と誤解している人が多い。
しかし、元々、油絵は板に描かれていた。テンペラ画などを含めれば板絵の歴史は紀元前にまでさかのぼり、以降16、17世紀頃まで盛んに用いられていた技法である。長い絵画史の中で、キャンバスが用いられるようになるのは15世紀以降のこと。
例えば、あの有名な「モナリザ」も板に油彩で描かれたものだ。(1503〜1506年頃)
適切な技法で板に下地を施して描かれた油彩画は、平滑な表面の美しい仕上がりや、絵具の艶だけでなく、「キャンバスに描かれた油彩画より遥かに高い保存性を持つ」という特徴がある。それは、過去数百年分の絵画を見れば明らかであり、歴史が証明していること。
絵画は、地球の地層と同じように数種類の「層」の積み重ねで成り立っている。
一番上から順に示すと、
保護膜(ニス)※一番上の層
↑
油絵具による描画層
↑
アンダーペインティング
↑
地塗り(白亜地、石膏地など)
↑
膠引き
↑
支持体(板、麻など)※一番下の層
・・・となる。
支持体から順番に膨大な手間をかけて一つひとつ自作し、層を積み重ねていくことではじめて美しく堅牢な絵が完成する。
現代作家の多くがやるように、「すでに一応の人工的な下地が塗られた市販のキャンバスに、直接油絵具で描いてしまう描き方」では耐久性がもろく、すぐに作品は劣化してしまう。
また、そのように描画層だけオリジナルっぽい仕事をしたところで、それはあくまで絵の表面を取り繕ったに過ぎず、本当にオリジナリティーのある絵画は自身の求める絵肌などに応じて支持体や下地から自分でこしらえなければ作れる筈が無い。
また、そのように描画層だけオリジナルっぽい仕事をしたところで、それはあくまで絵の表面を取り繕ったに過ぎず、本当にオリジナリティーのある絵画は自身の求める絵肌などに応じて支持体や下地から自分でこしらえなければ作れる筈が無い。
「市販のキャンバスに描く」だけでは、「絵の耐久性」、「オリジナリティー」双方において歴史に残る「本物の絵画たち」に圧倒的に遅れを取ってしまう。
因に、私の絵の場合は、
保護膜(ニス)※一番上の層
↑
油絵具による描画層
↑
アンダーペインティング
↑
地塗り(白亜地10層→研磨)
↑
膠引き(2層)
↑
支持体(板)※一番下の層
という組成で制作している。
簡易的なジェッソなどと異なり、本来の方法で適切に行う白亜地は熟練の技術が必要である。白亜や顔料、膠水を調合した塗料の温度や粘り具合を天候も考慮しながら一定に保ちつつ、画面全体に均一に手早く塗り重ねていく、という高度な技は経験と勘が全てであり、特に支持体が大きくなるほど難しくなる。熟練の専門家でも50号あたりが限界と言われている。
修練と実験、試行錯誤により、現時点で私は150号まで適切に白亜地を施し、油彩画を完成させているが、今後さらに技術を改良・向上させていきたいと考えている。
▶制作過程の一部:絵画下地 古典技法<白亜地>
実際、稀代の 「超絶技巧」の名手と絶賛されている有名画家でも、地塗りもせずに市販のキャンバスに直接絵の具で描く、という絵画組成上あり得ない描き方をしている人も多い。これでは近い将来、ひび割れ、変色、剥落、ちりめん皺などで絵は瞬く間に劣化してしまう。
以前、某有名ギャラリストからある作家の絵を見せられて、「最近はこういう厚塗りの絵が流行っているから、こういう絵を描いてほしい。」と言われたことがある。私が「この描き方だとすぐにひび割れると思います。」と率直に答えると、そのギャラリストは「そんなもの、ひび割れなんて気にしなくていいよ!」と即答。私は唖然とした。
以降、その人物とは全く関わらないようにしているが、目先の利益に固執しすぐに劣化する絵をつくって販売するなど、作家にとってはもちろん、コレクターに対してもあまりに無責任な行いだ。
よく「作家は死んでからが勝負!」と言うが、市販のキャンバスを使って百年、千年残る絵を描く、なんて不勉強な現代作家の幻想に過ぎない。
支持体や下地から手間暇かけて自作し徹底的に作品の耐久性を高め「物質としての強度」を確保することは一人前の作家の最低限の条件だと思う。
※この投稿は先日のツイートを元に一部加筆し、再構成したものです。